ジュウニブンノイチ_Episode 1/12




祖母、坂田弥生のこと。




俺のばあ様は大正生まれで、当時としては珍しい日仏ハーフだった。
俺まで来ると血なんて相当薄いけど。
とんがった鼻にぎょろっとした大きな目、
70 越えてもしゃんとして、毎日シャツにリボンという折り目正しい恰好をしている。
ばあ様の恋人は将校さんで、俺はその恋人に似ているらしい。
(親父にもそう言って溺愛していたらしいので、あやしいところだ)
若い頃の写真を見たら、べらぼうにきつそうな顔をしていて、
よくこれでじい様は声掛けられたな、と言ったら、
「私から口説いたんだよ」とニヤリとしていた。
髪型は今でもずっと同じ、きゅっとまとめたお団子だった。



まだばあ様の膝に乗っても恥ずかしくならなかった頃、
俺はよくばあ様を見つめては、骨っぽい背中に腕をまわして抱きついた。
できる限り熱を込めて。
この人のさみしさを埋めたい。
この人を泣かせてはいけない。
たくさんの悲しみをもう増やさないように。
もう二度と落胆させないように。
願いは叶うと思えるように。
忘れてなんかいないと。いつでもあなたを愛していると。
言葉は耳鳴りのようにずっと俺の中にあった。
それは血の中の、彼の言葉だと思った。



ばあ様が死んだのが、中3の終わり。
あの人に出会ったのは、高1のはじめ。
三月弥生、桜のあいだ。
いつでも日々は、俺の中などお構いなしに流れている。

優しい子になってほしい。
生き残れる賢さと体力だけは持てるように躾けましょう。
愛される子になってほしい。
そうすれば息苦しさなど感じなくなくなるだろう。
私は私のめいっぱいを注ぐけれど、それと気付かれてはいけない。
でなければ私の思い出はきっとあの子を縛るから。
自由は耐え難く悲しい。しかし代え難く尊い。
教えてくれたのはあなた。じきに会えるから、最近うれしいのよ、私。

(2010.06 初出)