ジュウニブンノイチ_Episode 9/12




夕鶴と書いて「ゆづる」と読む。
「ず」ではなく「づ」だと強調された。
「だって鶴なのに、ず、なんておかしいわ」
そりゃまあ、ごもっとも。





名前の由来について話した時のことだ。
夕鶴はカップに唇をあてて通りを眺めつつ、んー、とちょっと考えてから口を開いた。

「お父さんがね。写真が趣味で。」
「そうなんだ」
「嘘。趣味、じゃなくて仕事にしたかったレベル。」
「しなかったの?」
「父いわく、" 僕にはそういう嗅覚はなかったらしい"。絶賛公務員中。」
「すごいじゃない」
「私はお父さんの写真好きよ。見る?」
「うん」

手帳から、少し古ぼけた厚紙を取り出して僕に渡した。
真っ赤。経った時間の分だけ暗みが増した赤。

「小学生のとき、クラスの子に見せたら不気味だって言われた」
「それはセンスがないからだ」

夕鶴はケラケラと笑った。

「大手新聞で、たまにコンテストやってるでしょう」
「中面あたりにでかでかと載るやつ?」
「それの、次のページの隅っこに載ったの。佳作だったかな」
「審査員のセンスも小学生並みだということだ」
「紙面に載せただけでも大した度胸だと思うわ」
「で、これが」
「私の由来。」





「とてもきれいな鳥なのよ、でも漢字が難しいし、色を入れたくはなかったの」

俺の髪を撫でながらおばあさまはそう言った。
小学校で宿題に出された、「名前の由来」を調べる作文。
おばあさまの膝の上、ランドセルを背負う頃になっても、
俺はこうしているのが大好きだった。

「十希はどう思う?」

緑色の目と白くてとがった鼻を見上げて俺は考える。

「その鳥を知らないけど、今のお話は好き。」
「じゃあそれを」
「書きたくない、ほかのやつに知られたくない」
「これ、言葉が綺麗じゃない」
「…他の人には教えたくない」
「じゃあ、余所行きの意味をこさえましょう」

本当の意味は別のところ。






「君の場合は?」

聞かれて、写真から顔をあげた。
久しぶりに夕鶴にまっすぐ見られて、少し緊張した。

「そのまんまじゃないかな」
「たくさんの希望?」
「十個はたしかに、たくさん、かもね」
「綺麗な名前だよ」
「ありがとう、でも本当は字が違ったんだ」
「朱鷺?」
「よくわかるね」
「じゃあ私たち、おたがい鳥ね」

眼鏡の奥の目がにっこりとした。

ああ、おばあさま。
僕は今このひとがとても好きなんです。



(2011. 03初出)