ジュウニブンノイチ_Episode 10/12




わんわん泣いたことは数えるくらい。
頭の中では結構今でもしている。
いや、夕鶴と付き合いだしてからはだいぶ姿をひそめた。
それでもイメージは、5 歳くらいの子供。





「子どもは泣くものだから?」

夕鶴がいつもの笑顔で訊いてきた。
とくに朗らかではないあの口元。

「そうかもね、恥ずかしくないからじゃないかな」
「でも子どもにだって恥の意識はあるわ。

私、外とか人前とかで泣いてる同世代を見ると無様だなあって思ってたもの。
だから私はそんなことしない、ってよく思ってた」

「それってだだっこでしょ?おれ、駄々こねてないもん」
「憤り?」

訊かれてきょとん、とした。



おばあさまを馬鹿にされた。
そいつを思い切り殴った。
だって許せなかった。
なぜ、言われていやな思いをした俺が、いやな思いをさせた奴を殴ったら、
殴った俺が悪いことになるのか。

言葉や空気や状況と、この手で行う力そのものと、
たちが悪いのは前者じゃないのか。

だから俺は、悪くなんかない。
でもそれは誰にも届かない。
殴られたら痛いって誰にでもわかるのに、
言われたらつらい、なんて誰にもわからない。
そんなのってない。

そんなの、ない。


訊かれて、腑に落ちた。
だって伝わらない、俺が思う、当たり前と思うこと、
あまりに周りと違いすぎて、まるで俺は間違っているのだと思い知らされる日々に。
大切なものを馬鹿にされて、そんな言われどこにもないのに、
あいつらはのうのうとそれこそ馬鹿な癖に、
平気で自分を正しいと疑いもしない。

「ひとりでも話せる人がいたら、安心するわ」

そのひとりがずっとほしかった。
今目の前に、そのひとり。

手を握るテーブルの上。
よく晴れた4 月の日曜。


(2011.04 初出)